BANGA COSMO-242 ストーリー

奇跡の時空-KISEKINOTOKI

第1幕・・・懐妊

この物語は妻が懐妊した時から始まった・・・

妻の妊娠が分かると妻は鳥の面を被り、夫は竜の面を被る。それがこの国の習わしで赤ちゃんが生まれるまで家の外に出る時は必ず被るのである。その面は結納時に用意され、夫になるものは妻の面を、妻になるものは夫の面を両家互いに交換する。

誓願の儀式

「いよいよこの面を着ける日が来たか」夫のビコナは朝から上機嫌である。昨日、結婚して8年目に妊娠が分かった時は嬉しさのあまり危うく妻のククリを持ち上げるところだった。慌てて看護師さんに止められた。落ち着き者で知られるも夫のビコナも流石に舞い上がっていたようだ。

ビコナは幸せそうにお腹を手でさすっているククリに鳥の面を着けている。鏡の中のククリは鳥そのものであった。くすっと笑ったがククリは気づかないようすで座っている。裏の紐を結んでいるのだが、もうすぐできると言いながらも初めての作業で苦労している。面には天命翁面と呼ばれ儀式に使う高価な本面と普段に被る安価な人命翁面があり、天命翁面は裏紐でしっかり結ぶのである。「苦しくないか」ビコナの声にククリは大丈夫と言いながら肩をすぼめた。

そして二人は面を着け終わると二人だけの儀式をした。新しい生命に祝いの誓いをするのである。お大尽さまの家では三日三晩の大宴会をするようであったが庶民の家では本面があるだけ幸せだった。二人は用意してくれた親に感謝の祈りをした。7年前の震災でククリの両親もビコナの両親もそして兄妹も失っていた。その日ビコナは行商で村を離れていた。ククリも都に出かけていたため偶然に救われた。

「父や母が生きていたら喜んだろうなあ・・・」ビコナの言葉にククリもうなずき目に涙があふれていた。自然の力の大きさに成す術も無い人間の限界を見たように思えた。

「五体満足」「母子安泰」「子孫繁栄」・・・夫婦して思いつく言葉を口にした。儀式に形式は無く面を被り新しい生命に話しかけることを重要とした。10数分で儀式は終わるのだが唯一の決まりがあった。それは今後出産するまで、妻は自分で面を外し、自分で被るのである。他人が外す事は許されず外したものは重罰が与えられることになる。たとえ夫でも妻の面は外すことは出来なかった。村によって面の形は違うが似たような習わしがあり、習わしは国の法律で守られていた。

ビコナは儀式が終わるとすぐさま今度は竜の人命翁面を被り旅支度を始めた。今日から行商の日であった。そして行商といえ外出するときは面を被るのである。家を出ると三か月からそれ以上になる時もある。ビコナは長い間を面を外す事が出来なくなったのである。そんなビコナにククリは心が痛んだ。「私がもっと早く気が付けばお仕事の日を変えられたのに、ごめんなさい」そう言うと「気にするな、ところで妻ククリよ、私は生まれて来る子の為に世界一の宝物を探してくる。国中で仕入れをしながら売り歩くのだが途中で珍しい物に出会う。今まではククリの土産として鼈甲や瑠璃などの宝飾を買って帰った。今回はククリと生まれてくる我が子にだ」ビコナは意気揚々あれやこれや土産を頭に浮かべては消していた。

「あなた、あれやこれやお考えでしょうが、生まれてきてもまだ赤ちゃんですのよ。お仕事が済み、あなたが無事に帰って来ることが一番ですよ」ククリの言葉に納得するものの、頭の中ではあれやこれやが頭から離れないのであった。

「ククリでは行ってくる。くれぐれも体を大事にせよ。」夫は一言妻に声をかけ歩き始めた。「今度帰る時はお腹の子も大きくなっているのだろうな。いや、生まれているかも知れないな。そうだ今回は早く終わらせよう。」独り言を言いながら早足で坂道を降りて行った。

第2幕・・・光と影

窓の外の紫陽花には、降りそそぐ雨に必死に耐えているカタツムリがいた。ククリは夫の帰りをじっと待っている自分に重ねて「わたしもカタツムリみたい」と口ずさんだ。役所の仕事も休みに入り家でゆっくりとしていたが、最初の3日は良かった。だが一週間もすると飽きていた。夫が行商に出かけてから2ヶ月が過ぎようとしていた。お腹は目立ち始めたようで市場の人たちから声を掛けられることが多くなった。「奥さん、階段に気を付けてね」 「お母さん、魚が新鮮だよ。お腹の子に栄養たっぷりだよ」 「妊婦さんにおまけだよー」初めのころも鳥の面を被っているので妊婦と分かるが、細い体には不自然だったようで声を掛けられることはなかった。

家には読書好きの夫が集めた沢山の本があった。とても一生涯では読み切れない量であった。行商ばかりで家にいないのにいつ読むのだろうと首を傾げるククリだったが、今日ほど役につと思ったことは無かった。「神々の花園?これは写真集ね」 中には綺麗な花畑が絨毯のように咲き乱れていた。「金の引き寄せ術?本当かな」「正しいオナラの鳴らし方???」「大統領に明日は無い?サスペンスね」タイトルだけ見ていても飽きないくらい色々な本があった。

ククリは良く伝記や歴史小説を好んで読んでいた。「わたし歴史書大好き。きっといろいろな国の過去を見ることができるからかしら」そしていつもの様に歴史書を読もうと本棚に手を伸ばすと見慣れない表紙があった。「あら?何の本?」その本の表面には題名も作者名もなかった。不思議に思ったが中をのぞくと活字があった。中央に一行だけ書かれていた。

「光の使者は影を知らない。しかし影は光の側にいる。汝、光にならず時をまて」

ククリは理解が出来ず本を閉じた。しかし気になったので数冊の本と一緒にテーブルに置いた。椅子に座りゆっくりと本を読み続けた。あたりはすっかり陽が落ち始め西日のあたる部屋でさえ本が読めない時を迎えた。ランプを灯して続きを読む事にした。昔はこの国にも電気があった。しかし、人間に必要が無いと分かり、いつの頃か自然消滅をしていた。日の出とともに目覚め日没とともに眠る風習ではあったが、植物油などが有ったので夕食や読書が人々の楽しみとなっていた。

「今日の市場の魚美味しそうだったわ。でも一人では食べきれないしね」山に住むククリにとって市場の鮮魚は本当に貴重なものだった。「お父さんがが帰ってきたら買に行こうね」お腹の子に話しかけるようにつぶやいた。

その夜ククリは不思議な夢を見た。大勢の神々が枕元に集まった。「呼んでくれて、ありがとう」「呼んでくれて、ありがとう」「・・・ありがとう」と、それぞれが同じ言葉を口にした。巨大神もいれば子供の神もいた。さらに竜神は空を駆け巡り炎を吐いていた。まさに八百万の神々であった。

翌朝目が覚めると体に異変が起きていた。「体が軽い?」とっさにお腹に手を当ててさらに驚いた。昨日まで大きかったお腹がペッタンコになっているのだ。「え?私の赤ちゃんは?ど、どこへ行ったの」ククリはベッドの中や布団の下や枕の中まで探したがいなかった。「そうだタンスの中は、お風呂の中は、あそこは?ここは?」探しても、探しても赤ちゃんはいない。もう一度お腹をさすったが膨らんでいた跡も無かった。やがて事の重大さに気が付き冷静に心を落ち着かせ「とにかく病院へ行こう」取るものも取らずに家を出た。家の前の坂を夫のように早足で降りて行く、その姿には鳥の面は被られていなかった。

「ククリさん、どうしたの鳥の面を被らず外出して。公安に見つかったら大変よ」女院長はあたりを気にして小さな声で言った。「先生、赤ちゃんが居ないの、消えちゃったの、どこを探してもいないの、どうしよう」慌て泣き叫ぶククリを落ち着かせた女院長は今度はククリのお腹を見て自分が驚いた。「いったいどうしたの?こんなにペッタンコになって、ククリあなた何をしたの」ククリは泣きながら今朝突然こうなったことを伝えた。レントゲンも人間に良くないと廃止され、医者の触診だけであったが、明らかにお腹の赤ちゃんは消えていた。

ククリは独り家へ帰ってきた。昨日までの幸せが嘘のようだった。そしてククリはもう一つ無くなっていた物に気が付いた。それは鳥の本面である天命翁面であった。さらに「え?どうして」窓の外の紫陽花が枯れていた。カタツムリは殻だけになって落ちていた。流石のククリも異変に気づいた。「何か変だわ。昨日まで生き生きとしていたのに、もしかして夫の身にも何かあったのでは」立眩みがして椅子に座った。テーブルには昨日の本が重なっていた。ククリは何気なく題名のない本を手に取り、開いた瞬間に気を失ってしまった。本は静かに床へ落ち、そして開かれた。

「光の使者は影を知らない。しかし影は光の側にいる。汝、光にならず時をまて」そのページには挿絵が描かれていた。鳥の面を被ったククリと八百万の神々だった。そして、無数の魔物たちの姿があった。